採用が入口なら、定着は日々の運営体制そのものです。
そして、社員との信頼関係、すなわち定着の基盤において、最も重要な業務の一つが給与計算です。
この給与計算における1円の間違いが、社員の信頼を根本から破壊し、「こんなはずじゃなかった」という入社後のミスマッチを引き起こす最大の原因となります。
昨今、この給与計算業務を生成AI(ChatGPTなど)で効率化できないか、という相談が増えています。
しかし、そこには重大な誤解とリスクが存在します。
今回は、社会保険労務士の視点から、AI時代の給与計算の適切な体制づくりについて、解説します。
まず、結論から申し上げます。
現時点の生成AI(ChatGPTなど)に、給与計算そのものを任せることはできません。
なぜなら、生成AIは大規模言語モデルであり、計算を実行する電卓やExcelとは、根本的に動作原理が異なるからです。
生成AI(ChatGPTなど):
膨大なテキストデータを学習し、次に続く確率が最も高い単語を予測して文章を生成する対話・文章生成モデルです。
計算を実行しているのではなく、計算式や答えが書かれたテキストを真似して出力しているに過ぎません。
そのため、それらしいウソ(ハルシネーション)を平気で出力し、計算結果が間違っていても、AIはそれに気づくことができません。
給与計算ソフト:
勤怠データ(時間) × 時給(数値)といった計算式を、定義された通りに実行する自動計算モデルです。
AIに給与計算をさせてはいけないというのは、(【生成AI】AIが作った面接質問、そのまま使っていませんか?)や(【生成AI】AI時代の「人事評価」。効率化できること、人がすべきこと)でAIに感覚的な判断をさせてはいけないのと同様に、ツールの特性を誤った活用法だからです。
人材で困らない企業になるための体制とは、AIの特性を理解し、人間や他のツールと正しく役割分担をさせることです。
1. 生成AI(ChatGPTなど)の役割:補助的な「調査」
AIは計算ではなく調査のアシスタントとして活用します。
(例)「就業規則にある、深夜割増の条文を探して」
※ただし、AIが古い情報や誤った情報を提示する可能性もあるため、必ず一次情報(官公庁の発表など)での裏付け(ファクトチェック)が人間側に必要です。
2. 給与計算ソフトの役割:正確な「自動計算」
計算は、信頼できる給与計算ソフトに任せるべきです。
特に、勤怠管理システムとデータ連携できるソフトであれば、手入力によるミス(ミスマッチの原因)を最小限に抑えることができます。
3. 人間(担当者・社労士)の役割:最終的な判断と確認
ソフトが算出した結果を、人間が確認します。
法改正(保険料率の変更など)への対応、イレギュラーな処理(入退社、手当の変更)など、最終的な判断は人間の責任領域です。
AIは電卓ではありません。
社員との最も重要な信頼のインフラである給与計算を、それらしいウソをつく可能性のあるAIに丸投げすることは、企業のリスク管理(体制づくり)として、最も避けるべき選択です。
AIは調査アシスタントとして使い、計算は自動化ソフトに任せ、最終確認は人間が行う。
この適切な役割分担こそが、社員の信頼を守り、「人が残る」職場環境の基盤となると考えます。