「健康経営?うちは毎年健康診断をやっているし、スポーツジムの補助も出しているよ」
「社員の健康管理なんて、本人の自己責任だろう。会社がそこまで面倒を見る余裕はない」
「健康経営」という言葉を聞いた時、多くの経営者様は、これを福利厚生(コスト)や義務(コンプライアンス)の文脈で捉えがちです。
しかし、経済産業省が推進する本来の健康経営とは、従業員の健康管理を「経営的な投資」と捉え、戦略的に実践することで収益性を高める取り組みを指します。
米国では、健康経営に1ドル投資すると、3ドルのリターン(投資対効果)があるというデータも報告されています。
本記事では、なぜ今、中小企業こそが健康経営に取り組むべきなのか。
その経済的合理性を、PL(損益計算書)とBS(貸借対照表)の観点から深掘りして解説します。
健康問題による企業の損失には、大きく分けて2つの種類があります。
アブセンティズム(欠勤): 病欠や休職により、職場にいない状態。
プレゼンティズム(疾病就業): 出社はしているが、不調によりパフォーマンスが落ちている状態。
多くの経営者は、目に見える「1. アブセンティズム(休職・欠勤)」を気にします。
しかし、東京大学政策ビジョン研究センターなどの調査によれば、企業にとっての健康関連コストの約8割は、実は「2. プレゼンティズム」による労働生産性の低下であることが分かっています。
睡眠不足で集中力が続かない。
腰痛や肩こりで、デスクワークの効率が落ちている。
花粉症や軽度のメンタル不調で、判断スピードが鈍っている。
こうした状態で働く社員の生産性は、健康な状態に比べて数割低下すると言われています。
例えば、年収500万円の社員がプレゼンティズムによってパフォーマンスを20%落としているとしたら、年間100万円分の人件費がムダになっている計算です。
この見えない赤字を削減し、本来のパフォーマンスを発揮させることこそが、健康経営の最大のPL改善効果(営業利益の押し上げ)なのです。
次に、BS(貸借対照表)的な視点です。
近年、上場企業を中心に人的資本経営の開示が義務化されましたが、この波は中小企業にも及んでいます。
今の求職者、特にZ世代やミレニアル世代は、給与額と同じくらい働く環境の安全性(ブラック企業でないか)を重視します。
健康経営優良法人などの認定を取得することは、御社の見えない資産(のれん代)を大きく向上させます。
採用コストの削減: 社員を大切にする会社というブランドは、高額な求人広告以上の集客力を持ちます。
リテンション(定着): 離職理由の上位には常に労働時間・環境への不満が入ります。健康配慮は、既存社員のロイヤリティを高める最強の防波堤です。
健康経営は、単なる優しさではなく、人材獲得競争を勝ち抜くための最強の武器なのです。
健康経営=高価なシステムの導入ではありません。
中小企業だからこそできる、小回りの効いた施策が効果を発揮します。
① 「戦略的仮眠(パワーナップ)」の推奨
午後の生産性低下を防ぐため、15〜20分程度の仮眠を公式に認めましょう。
「寝ている=サボり」ではなく、「寝て回復する=プロの仕事」という文化を社長が作るだけで、午後の集中力は劇的に改善します。コストは0円です。
② 「食」への介入(福利厚生費の活用)
コンビニ弁当やカップ麺ばかりの社員は、明らかにパフォーマンスが落ちます。
置き型社食(健康的な惣菜)の導入や、近隣の定食屋でのランチ補助などを行いましょう。
これらは一定の要件を満たせば福利厚生費として経費計上でき、節税メリットもあります。
③ 「歩く」コミュニケーション
会議室でのミーティングをやめ、歩きながら打ち合わせをするウォーキング・ミーティングを取り入れましょう。
運動不足解消になるだけでなく、脳が活性化し、クリエイティブなアイデアが出やすくなるという副次効果もあります。
工場の機械には、定期的に油を差し、メンテナンスをして、長く使えるように大切に扱います。
それなのに、機械よりも遥かに複雑で高価な人間(社員)に対して、メンテナンス(健康管理)を怠り、「壊れるまで働け」と放置するのは、経営判断として矛盾していないでしょうか。
社員の健康に投資することは、福利厚生という出費ではありません。
生産性を最大化し、未来のリスクを最小化するための、最も確実でリターンが大きい投資だと考えます。