「エース社員から突然の退職願。なんとしてでも引き留めたい」
「給与アップや昇進を提示すれば、思い直してくれるのではないか?」
優秀な人材の離職は、企業にとって痛手です。
そのため、退職意向を示した社員に対し、待遇改善などの対案を出して引き留める「カウンターオファー」を行う企業は少なくありません。
ある調査によれば、企業の約65%がカウンターオファーを実施した経験があると回答しています 。
しかし、専門家の立場から申し上げると、退職時の引き留めは推奨できないと言わざるを得ません。
本記事では、その理由を統計データと心理学の観点から解説します。
カウンターオファーの効果は、驚くほど限定的です。
同調査において、引き留め工作により退職を思い留まらせることに成功した確率は、約6割の企業が20%以下と回答しています 。
さらに衝撃的なのは、一時的に引き留めに成功したとしても、その後の定着率が極めて低いことです。
カウンターオファーを受けて残留を決めた後、恒久的にその会社に残り続けた確率はわずか24%に過ぎません 。
つまり、条件を上げて無理に引き留めても、4人に3人は、近い将来結局辞めていくというのが現実なのです。
なぜ彼らは結局辞めてしまうのでしょうか。
その答えは、心理学者ハーズバーグの二要因理論で説明できます。
衛生要因(不満要素): 給与、労働条件、人間関係など。
動機付け要因(満足要素): 達成感、承認、仕事そのもののやりがい、成長。
多くのカウンターオファーは、給与アップや異動といった衛生要因の改善を提示します 。
しかし、優秀な社員が辞める真の理由は、「もっと成長したい」「新しい挑戦がしたい」といった動機付け要因の欠如にあることがほとんどです。
やりがいの不足をお金で埋めようとしても、根本的な解決にはならず、数ヶ月もすれば再び「ここでは成長できない」という不満が首をもたげることになります。
安易な引き留めには、副作用もあります。
辞めると言えば給料が上がるという前例を作ってしまうと、他の社員に「ごね得」を推奨する誤ったメッセージを送ることになります。
また、一度退職を口にした社員は、経営陣からいつまた辞めるかわからないリスク人材(裏切り者)というレッテルを貼られやすく、以前のような信頼関係で働くことが難しくなるケースも多々あります。
退職願が出された時点で、心理的な契約は既に終了しています。
カウンターオファーに労力を割くよりも、退職の意思表示が出る前のエンゲージメント向上に注力することこそが、本質的な定着対策だと考えます。