「何度も遅刻を繰り返す社員がいる」
「業務ミスを指摘しても、反省せず逆ギレされる」
「協調性がなく、職場の雰囲気を悪化させている」
こうした問題社員への対応に頭を悩ませている経営者様は少なくありません。
しかし、多くの経営者が「関わりたくない」「波風を立てたくない」という心理、あるいは「下手に注意してパワハラと言われるのが怖い」という懸念から、問題行動を見て見ぬふりをしてしまっています。
社労士として断言しますが、問題行動を放置することは、組織の秩序を壊すだけでなく、法的に会社が完全に詰む(解雇ができなくなる)リスクを孕んでいます。
今回は、問題社員対応の前編として、放置のリスクを法的観点から徹底解説し、裁判でも通用する正しい初期対応について、実例を交えてお伝えします。
日本の労働法(労働契約法16条)において、解雇は「客観的に合理的な理由」と「社会通念上の相当性」が必要です。
ここで最も重要なのが会社側の姿勢です。
過去の判例(高知放送事件など)において、裁判所は一貫して以下のロジックを採用しています。
「会社は長期間、その行動を黙認していた。注意も処分もせず放置していたのに、いきなり解雇するのは権利の濫用であり、無効である」
例えば、毎日10分の遅刻をする社員がいるとします。
A社社長は、毎日「遅いぞ!」と怒鳴るだけで、正式な処分はしませんでした。
1年後、我慢の限界が来て解雇し、裁判となった際、裁判所はこう言います。
「1年間も処分しなかったということは、御社はその遅刻を『許容』していたのではありませんか?」
これを法的に黙示の承認といいます。
経営者の事なかれ主義が、法的紛争においては、その社員を守る最強の武器になってしまうのです。
解雇の正当性を主張するためには、以下のプロセスを踏んだという証拠が必要です。
注意・指導: 問題点を指摘したか
改善の機会: 直すチャンスと時間を与えたか(日本IBM事件等の判例でも重視されています)
結果: それでも改善しなかったか
これらを証明する唯一の手段が指導記録(注意指導書)です。
口頭での「ちゃんとやれよ」は、法的には世間話と同じレベルであり、証拠能力はほぼゼロです。
では、具体的にどう書けば良いのか。
多くの社長が書くダメな記録と良い記録を比較してみましょう。
× ダメな記録(主観的・抽象的)
日時:〇月〇日
内容:態度が悪いので注意した。本人も反省している様子。
(これでは「態度」の基準が曖昧で、改善されたかどうかが客観的に判断できません)
○ 良い記録(客観的・具体的)
日時・場所: 〇月〇日 10:00 会議室Aにて
対象となる事実(5W1H): 9:00開始の営業会議に15分遅刻し、その際、謝罪もなく着席した。また、会議中に私用のスマートフォンを操作しているのを上長が確認した。
根拠規定: 就業規則 第〇条(服務規律)および第〇条(職務専念義務)違反。
改善命令(期限付き): 就業時間の厳守および業務中の私語・私用スマホの禁止を命じる。次回同様の行為があった場合は、懲戒処分を検討する。
本人の弁明: 「目覚ましが鳴らなかった。スマホは急ぎの連絡だった」と主張。(※本人の言い分も必ず記録します。これが「弁明の機会を与えた」証拠になります)
受領確認: 本人の署名・捺印
このように、誰が見ても分かる事実と会社が何を求めたかをセットで残すこと。
これができて初めて、会社は指導義務を果たしたと言えます。
「厳しく指導するとパワハラになるのでは?」と恐れる必要はありません。
厚生労働省のガイドラインでも、業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指導はパワハラに該当しないと明記されています。
ポイントは、人格ではなく行動を叱ることです。
× 「お前はやる気がないのか」「給料泥棒」 → 人格否定(パワハラのリスク大)
○ 「このミスは3回目だ。なぜマニュアル通りに行わないのか説明しなさい」 → 業務指導
問題社員対応は、初期対応のスピードと記録の質で勝負が決まります。
「もう少し様子を見よう」という優しさは、将来の紛争リスクを育てる肥料にしかなりません。
次回の【後編】では、指導しても改善しなかった場合の「退職勧奨の進め方」と、解雇の法的ハードルについてさらに深く解説します。