「あいつは今期よく頑張ったから、ボーナスは多めに色をつけてやろう」
「こいつは少しミスが目立ったから、今回は据え置きだな」
中小企業の経営者であれば、決算期や賞与の時期に、銀行通帳と社員の顔を思い浮かべながら、電卓を叩く夜があるはずです。
いわゆる社長の鉛筆なめなめ(独断での決定)です。
社長ご自身は、一人ひとりの働きぶりを必死に思い出し、親心を持って公正に判断しているつもりかもしれません。
しかし、断言します。
社員数が10名を超え、30名に近づくフェーズにおいて、このブラックボックス評価を続けることは、社員の定着を阻害する最大のリスク要因となります。
なぜ、社長の善意であるはずの査定が、社員の不信を生むのか。
そして、なぜ世に溢れる人事評価コンサルティングの立派な制度が、中小企業では機能しないのか。
今回は、組織崩壊を防ぎ、定着を促進するための中小企業の評価制度の正解について深掘りします。
社員が退職を決意するきっかけとして、給与への不満は常に上位に入ります。
しかし、深くヒアリングをすると、彼らが不満を持っているのは年収が低いことよりも、公平感の欠如であることが多いのです。
「なぜ、あの人の方が評価が高いのか分からない」
「社長の機嫌が良い時にアピールしたもん勝ちじゃないか」
「この会社での『正解』が分からない」
人間は、結果が悪くても、そのプロセスやルールが公正であれば納得できる生き物です(これを手続き的公正と呼びます)。
逆に、どんなにボーナスが増えても、「なぜ増えたのか」が分からなければ、「来年は下がるかもしれない」という不安しか残りません。
社長の頭の中だけにある評価基準は、社員にとっては恐怖のサイコロと同じです。
この不透明さが、会社への信頼を確実に削り取っていきます。
では、評価制度を作ろうと一念発起し、コンサルタントに依頼したり、書籍を参考にしたりして制度を導入するとどうなるか。
多くの場合、運用不能に陥ります。
項目が多すぎる:
「責任感」「協調性」「規律性」など、30〜50項目ものチェックリストを作ってしまう。
基準が曖昧すぎる:
5段階評価の定義が「よくできた」「普通」「あまりできなかった」という主観的な言葉になっている。
管理コストの増大:
評価シートの回収、集計、面談調整に膨大な時間がかかり、本業を圧迫する。
中小企業のリーダーに、部下の細かい行動特性を毎日観察し、記録する暇はありません。
結果として、期末に慌てて適当にチェックをつけるだけの形骸化した儀式になり下がります。
これでは意味がないどころか、会社は無駄な書類仕事を増やすという新たな不満を生むだけです。
私たちが推奨するのは、A4一枚で完結する評価シートです。
目的は「正確な点数をつけること(査定)」ではなく、「会社のビジョンに沿った行動を増やすこと(育成)」に振り切ります。
構成は以下の2つだけで十分です。
① 成果評価(定量):
何をしたか? 売上、粗利、契約件数、あるいは「マニュアル作成数」など、数字で測れるもの。ここは議論の余地がないため、納得感が作りやすい部分です。
② プロセス・バリュー評価(定性):
どう取り組んだか? ここが定着における最重要ポイントです。「挨拶」「チームワーク」「挑戦」「スピード」など、会社の経営理念(ビジョン)を体現する行動を評価項目にします。
例えば、「協調性」という曖昧な言葉ではなく、「チームメンバーが困っている時に、自ら声をかけて手伝ったか?」という具体的な行動レベルに落とし込みます。
これにより、評価シートは単なる査定ツールから、会社が大切にしている価値観を伝えるメッセージカードへと進化します。
もっとも重要なことをお伝えします。
評価制度の成功・失敗の9割は、フィードバック面談で決まります。
シートをつけて、給与明細を渡して終わり、では何の意味もありません。
評価が決まった後に、上司と部下が1対1で向き合い、以下の対話をすることが不可欠です。
事実の確認:「自己評価と上司評価、ここでズレがあるけど、なぜだと思う?」
承認と感謝:「数字には出ていないけど、君のこの行動には本当に助けられた」
未来の合意:「次の半年、給与を上げるためには、具体的にどの項目をどう改善しようか?」
この対話があるからこそ、社員は 「ちゃんと見てもらえている(承認欲求の充足)」「次に何をすればいいか分かった(目標の明確化)」と感じ、モチベーションを高めます。
社員数が30名を超えると、社長が全員の行動を把握し、一人ひとりに理念を語りかけることは物理的に不可能になります。
その時、社長の代わりに「何が正義か」「何が評価されるのか」を語ってくれるのが、評価制度です。
鉛筆なめなめからの脱却は、社長が権限を手放すことではありません。
社長の想いを明文化し、組織全体に公平に浸透させるための仕組み化の第一歩だと考えます。