「ウチは固定残業代(みなし残業代)を払っているから、どれだけ残業させても追加で払う必要はない」
私たちが現場に入らせていただく際、残念ながら、こうした致命的な誤解を耳にすることがあります。
この誤解は、採用のミスマッチによる早期離職(定着)の問題であると同時に、企業の存続を脅かす未払い残業代請求という重大な労務リスクに直結します。
まず、最も重要な仕組みの原則をお伝えします。
固定残業代とは、残業が無料になる魔法の制度では決してありません。
一定時間分(例:20時間分)の残業代を、実際の残業時間に関わらず、あらかじめ給与に含めて支払うという、ただそれだけの仕組みです。
したがって、
あらかじめ含めた時間(例:20時間)を1分でも超えれば、追加の残業代は当然発生します。
そもそも残業がゼロだった月でも、固定残業代を(勝手に)減額することはできません。
この大原則を理解していないと、次の2つのリスクを抱え込むことになります。
「ウチは固定残業代を払っている」という企業側の認識とは裏腹に、裁判所から「そのやり方は違法(無効)です」と判断されるケースが後を絶ちません。
無効と判断された場合、企業は、固定残業代を基本給の一部として払いながら、それとは別に、過去2年分(将来は3年分)の残業代全額を払いなさいという、二重払いの判決が下される可能性があります。
これが、私たちが最も懸念する採用のミスマッチです。
求人票に、この仕組みを曖昧に書くと、どうなるか。
求人票の表記: 月給 29万6千円(残業代含む)
求職者の解釈:
「含むとあるが、基本給がいくらで、何時間分の残業代なのかが不明瞭だ」
「もしかしたら、基本給が極端に低く設定されていて、長時間(例:45時間以上)の残業が前提なのかもしれない」
「給与の仕組みが曖昧な会社は不安だ。応募をやめておこう」
仮に応募・入社した場合の現実:
「入社時の雇用契約書で、初めて『基本給25万6千円、固定残業20時間分4万円』と知った。面接では総額しか言われなかったのに(こんなはずじゃなかった)」
このように、曖昧さが不信感を生み、応募を遠ざける(機会損失)か、あるいは入社後の信頼を一瞬で破壊します。
騙されたと感じた社員が、定着するはずがありません。
では、企業と社員を守り、採用のミスマッチを防ぐ仕組みとは何か。
それは、
「法律(ルール)を守る」こと、そして
「求人票に、それを誠実に書く」こと。
この2つしかありません。
特に、求人票や募集要項における固定残業代の内訳明示は、現在、法的義務となっています。
「総額を大きく見せたい」という企業側の事情は理解しつつも、法律違反となり、ミスマッチを招く曖昧な表記は、もはや許されません。
安全で誠実な固定残業代の運用と表記は、以下の通りです。
まず、雇用契約書に、以下の3点を明確に区分して定めます。
「基本給は、いくらか」
「固定残業代(〇〇手当)は、いくらか」
「その固定残業代が、何時間分の残業に相当するのか」
そして、求人票には、その仕組みをそのまま書きます。
NG(違法):月給 29万6千円(残業代含む)
NG(曖昧・違法):月給 29万6千円(固定残業代 20時間分を含む)
(→これでは、基本給がいくらか分からず、無効と判断されるリスクが高いです)
OK(誠実・合法的):月給 296,000円
【内訳】 ・基本給:256,000円 ・固定残業手当:40,000円(時間外労働 20時間分)
※20時間を超える時間外労働分については、法定通り追加で支給します。
曖昧な表記で採用した方が入社後に騙されたと感じ、すぐに辞めてしまうミスマッチのコスト(採用費+教育費+士気の低下)は、企業にとって、はるかに大きな損失となります。
企業が法律(明示義務)と社員の信頼の両方を守れるよう、「人が育ち、人が残る」ための、誠実な仕組みづくりが重要だと考えます。